認知症やアルツハイマー病にはさまざまな要因が関係しており、これまでには極端な暑さが認知機能を低下させるという研究結果や、気候変動がアルツハイマー病を悪化させるとの研究結果が報告されています。一方、遺伝的要因により99.99%の確率でアルツハイマー病になるはずなのにならなかった男性の脳や生活史を分析した新しい研究では、仕事で高温にさらされたことが男性の脳をアルツハイマー病から守った可能性があることが示されました。
Longitudinal analysis of a dominantly inherited Alzheimer disease mutation carrier protected from dementia | Nature Medicine
https://www.nature.com/articles/s41591-025-03494-0
Patient defies genetic fate to avoid Alzheimer’s – WashU Medicine
https://medicine.washu.edu/news/patient-defies-genetic-fate-to-avoid-alzheimers/
Man nearly guaranteed to get early Alzheimer’s is still disease-free in his 70s — how? | Live Science
https://www.livescience.com/health/alzheimers-dementia/man-nearly-guaranteed-to-get-early-alzheimers-is-still-disease-free-in-his-70s-how
ワシントン州シアトル近郊に住むダグ・ホイットニー氏は、記事作成時点で75歳ですが、頭脳は明敏で認知力も健在です。しかし、実はホイットニー氏はほぼ間違いなく若年性アルツハイマー病になる「顕性遺伝性アルツハイマー病(DIAD)」の家系だとのこと。事実、ホイットニー氏の母親とその兄弟姉妹13人のうち11人は50歳になる前にアルツハイマー病を発症しています。
ホイットニー氏は「私の家族は少なくとも1990年代初頭、おそらくそのずっと前からこの病気に苦しめられてきました。ですから、この病気について解明することは私にとって本当に重要なことです。私の母には13人の兄弟姉妹がいましたが、そのうち10人は60歳になる前に亡くなってしまいました。これはまさに災いです」と話しました。
アルツハイマー病の研究に協力したホイットニー氏。
by Megan Farmer
ホイットニー氏が、これまでたった3人しか確認されていない「遺伝的にアルツハイマー病になる運命を回避した人物」になった理由を調べるため、ワシントン大学医学部のホルヘ・リブレ・ゲラ氏らの研究チームは、ホイットニー氏の脳を徹底的にスキャンして、アルツハイマー病と関係が深い「アミロイドβタンパク質」と「タウタンパク質」を探しました。
ホイットニー氏のようなDIADの人が持つ「プレセニリン2遺伝子(PSEN2)」の遺伝子変異は、アルツハイマー病の進行の第1段階とされているアミロイドβタンパク質の過剰生産に関連しています。そして、アルツハイマー病の特徴である認知機能の低下が本格的に発生し始める第2段階では、脳内にタウタンパク質が沈着していきます。
しかし、研究チームがホイットニー氏の脳をスキャンした結果、アミロイドβタンパク質が大量に蓄積していることが確認された一方で、タウタンパク質は脳のごく一部にしかないことが判明しました。
リブレ・ゲラ氏は「この結果は、アミロイドβタンパク質とタウタンパク質の連鎖反応を阻止できれば、アルツハイマー病の発症を遅らせられるかもしれない、という説を裏付けるものです。問題は、一体何がこのケースにおけるタウタンパク質の拡散を阻止しているのかです」と話しました。
パズルの問題に取り組むホイットニー氏(左)と妻のアイオニー・ホイットニー氏(右)。
ホイットニー氏の脳が、タウタンパク質の蓄積を免れた理由に関する手がかりは限られています。研究チームは、ホイットニー氏がアルツハイマー病の予防に関係しているのではないかと目される遺伝子を持っていることを突き止めていますが、その遺伝子についてはまだほとんどわかっていません。
数少ないヒントのひとつは、ホイットニー氏の経歴です。現役時代は船乗りだったホイットニー氏は、長年にわたり船艇の機関室で高温に耐えながら整備士として働いていました。この経験が、高温で損傷した体内のタンパク質を修復したり再生したり上で重要な「熱ショックタンパク質」の合成を促し、ホイットニー氏の脳を保護した可能性があります。
実際、研究チームがホイットニー氏の脳脊髄液を分析し、脳内で通常とは異なる細胞活動が発生していることを示す生体分子がないか調べたところ、熱ショックタンパク質の濃度が非常に高いことが判明しました。
リブレ・ゲラ氏が繰り返し強調しているように、「高温にさらされたことで脳がアルツハイマー病から保護された」という主張はまだ臆測の域を出ない仮説に過ぎませんが、専門家たちはホイットニー氏がもたらした貴重なデータが、アルツハイマー病や認知症に関する将来の研究の役に立つのではないかと期待しています。
リブレ・ゲラ氏は「熱ショックタンパク質がアルツハイマー病からの保護効果に関係しているかどうか、あるいはどのようにしてその効果を媒介しているのかは不明です。まだ確かなことはわかっていませんが、このケースではタウタンパク質の凝集や、タンパク質分子が異常に折りたたまれる『ミスフォールド』の予防に熱ショックタンパク質が関与している可能性があります」と話しました。
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