約4000年前の古代都市モヘンジョダロでは都市が発展するほど格差が小さくなっていたという研究結果 – GIGAZINE


メモ


都市が発展すると富や権力が一部の支配者やエリート層に集中し、格差が広がると考えられてきました。しかし、インダス文明の大都市モヘンジョダロでは住居の大きさから見た格差が比較対象となった古代都市より小さく、さらに時代とともに縮小していたことが分かったとヨーク大学やケンブリッジ大学の研究チームが報告しています。

Inequality declined in the Bronze Age city of Mohenjo-daro | Antiquity | Cambridge Core
https://www.cambridge.org/core/journals/antiquity/article/inequality-declined-in-the-bronze-age-city-of-mohenjodaro/BF07ED4E516F2127F1C3E645C9C8F462


Study reveals one of world’s first cities prospered as wealth-gap shrank | EurekAlert!
https://www.eurekalert.org/news-releases/1128977

モヘンジョダロは紀元前2600年ごろから紀元前1900年ごろに栄えた、現在のパキスタン・ラルカナ平原に位置するインダス文明の大都市です。インダス文明の都市では、宮殿・豪華な墓・排他的な神殿・支配者をたたえる巨大芸術といったエリート層を示す直接的な証拠が乏しいことが以前から指摘されてきました。

ヨーク大学のアダム・S・グリーン氏、ケンブリッジ大学のイクテダー・アラム氏、キャメロン・ペトリー氏らの研究チームは、こうした都市で経済格差がどの程度あったのかを調べるため、住居の大きさを手がかりにモヘンジョダロの格差を分析しました。

分析ではモヘンジョダロ全体をひとまとめに扱うのではなく、発掘記録に残された複数の区画ごとに住居面積が整理されました。以下の図はモヘンジョダロの発掘エリアを示したもので、黄色で示された範囲が分析対象となった主な発掘区です。ここにはDK-G South・DK-G North・HR・VS・Moneerなどの区画が含まれます。


モヘンジョダロの遺跡には建造時期の異なる建物や街路が重なり合うように残されています。研究チームによると、20世紀前半の発掘記録だけでは建物の時期や用途を正確に切り分けるのが難しいとのことです。


そこで研究チームは、20世紀前半の発掘図面を地理情報システム(GIS)上で整理し、住居と見なされた区画をデータ化しました。以下の図はHRエリアで住居と見なされた範囲を黄色で示したもの。


そして、309件の住居面積データから住居の大きさにどの程度の格差があるのかをジニ係数で計算しました。ジニ係数は所得や富の偏りを測るために使われる指標で、0に近いほど平等、1に近いほど不平等であることを表します。

分析の結果、モヘンジョダロ全体の住居面積から見たジニ係数は0.44でした。これはクノッソスの0.86、古典期マヤの都市パレンケの0.75より低い値とのこと。また、同時期の西アジア都市であるウルウガリットはいずれも0.6を超えており、モヘンジョダロの値はこれらの都市より低かったと研究チームは報告しています。

ただし、新石器時代の平等主義的な集落では住居面積のジニ係数が0.2を超えることはまれであるため、研究チームは0.44という値だけでモヘンジョダロが完全に平等な都市だったとは結論づけていません。研究チームがより重要だとしているのは、DK-G Southの区画で住居面積の格差が時代とともに縮小していた点です。以下の図はDK-G Southの建物配置を時期別に示したもので、下側が最も古い時期の建物配置、上側が新しい時期の建物配置を示しています。


DK-G Southでは紀元前2500年ごろにおける住居面積の中央値が161.39平方メートルで、ジニ係数は0.39でした。その後段階的に低下し、紀元前2100年ごろには0.23まで下がりました。これは平等主義的な社会と見なされる他の集落に近い水準です。以下のグラフはDK-G Southのジニ係数が紀元前2500年ごろから紀元前2100年ごろにかけて低下していることを示しています。


住居面積の格差が小さくなった時期には街路の整備も進んでいました。研究チームは、より多くの建物が街路に沿って建てられるようになり、「街路や排水設備の整備に人手や資材を回す統治が住居面積の格差を小さくする方向に働いた可能性が高い」と論じています。ただし、当時どのような意思決定が行われたのかまでは分かっていません。

この見方を支える材料として、標準化された度量衡やインダス印章の例も挙げられています。インダス文明では共通の重さの単位や取引を助ける印章が使われており、メソポタミアでは同様の印章が神殿や宮殿と結びつく例が多い一方で、モヘンジョダロでは主に住居から見つかっています。この点から研究チームは、モヘンジョダロでは取引を管理する権限が一つの集団に独占されず、格差を抑える仕組みとして働いた可能性があると述べています。

グリーン氏は「モヘンジョダロは王のための宮殿や金で満たされた墓ではなく、レンガ造りの排水路や整った街路に力を入れていた」と説明し、格差が最も小さかった時期に生産性が高まっていたように見える点は「繁栄には少数の権力集中が必要だ」という考え方に疑問を投げかけるものだと主張しています。

ただし研究チームは、生産性と平等主義の関係は統計的に堅牢ではなく今後の検証が必要だとしています。また、住居面積だけでは富裕層の投資先や性別・親族関係・民族性などに沿った不平等までは見えません。研究チームは今後、住居面積以外の指標も組み合わせて検証する必要があるとした上で、モヘンジョダロの事例は、街路や排水設備の整備や取引管理のあり方が格差の長期的な推移を左右しうることを示していると結論づけています。

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