心臓そのものから発生するがんは非常にまれであり、その理由としては成人の心臓細胞はほとんど分裂しないためDNA複製エラーが起きにくいことや、心臓が胸部の奥にあり発がん性物質の直接的な影響を受けにくいことなどが考えられてきました。そんな中、2026年4月24日に発表された研究では、心臓が鼓動し続ける時に生じる物理的な力が心臓内のがん細胞を増えにくくしているという可能性が新たに示されました。
Mechanical load inhibits cancer growth in mouse and human hearts | Science
https://www.science.org/doi/10.1126/science.ads9412
How your heartbeat could keep cancer at bay
https://www.nature.com/articles/d41586-026-01296-z
Heartbeat’s Mechanical Force Found to Suppress Tumour Growth – ICGEB
https://www.icgeb.org/heartbeats-mechanical-force-found-to-suppress-tumour-growth/
がんが心臓から発生するケースはほとんどなく、別の臓器で発生したがんが心臓に転移した場合でも、心臓にできた病変は他の臓器にできた病変より小さい傾向があると知られていますが、なぜ心臓でがん腫瘍が育ちにくいのかの詳しい理由は分かっていませんでした。
そこで、国際遺伝子工学・バイオテクノロジーセンター(ICGEB)やイタリアのトリエステ大学、ミラノの心血管疾患専門研究病院であるモンツィーノ心臓病センターなどによる研究チームは、「心臓が常に動き続けている」という点に注目しました。心臓は血液を送り出すたびに縮んだり膨らんだりしており、そのたびに圧力や変形といった物理的な力を受けています。研究チームは、こうした力が心臓組織の中にあるがん細胞を増えにくくしているのではないかと考え研究を進めました。
研究チームは初めに遺伝子を改変したマウスを使い、がんを引き起こすような遺伝子変化を心臓に入れた場合に心臓で腫瘍ができるのかを調べました。その結果、がん化を促す強い変化を起こしても心臓では腫瘍ができにくく、心臓ががん化に対して高い抵抗性を持つことが示されたとのことです。

さらに研究チームは、心臓にかかる物理的な力だけを減らすため、ドナーの心臓を別のマウスの首に移植した実験モデルを作りました。この移植された心臓にも血液は流れますが、通常の心臓のように全身へ血液を送り出す役割がないため拍動に伴う圧力や変形といった負荷は小さくなります。
その状態でヒトのがん細胞をマウスの心筋に直接注入し、別のマウスの首に移植されて物理的な負荷が小さくなった心臓と、本来の位置で通常通り拍動している心臓で、がん細胞の増え方を比べました。その結果、物理的な負荷が小さくなった心臓では腫瘍細胞が増えやすくなった一方で、通常通り拍動している心臓ではさまざまながん細胞の増殖が一貫して抑えられました。
また、心臓組織にかかる物理的な負荷を調整できる、実験室で作った人工心臓組織でも同様の実験を行ったところ、心臓組織が拍動して物理的な負荷を受けている時は腫瘍の成長が遅くなる一方で、物理的な刺激が減るとがん細胞が再び増殖したと研究チームは報告しています。
この結果について研究チームを率いたICGEBのセレーナ・ザッキーニャ氏は「今回の発見は心臓の拍動が単に血液を送り出すための働きではなく、腫瘍の成長を自然に抑える働きを持つ可能性があることを示している」と述べています。また、ザッキーニャ氏は心臓ががん細胞にとって増殖しにくい場所になっている理由について、免疫や代謝だけではなく、心臓が絶えず動き続けていることも関係している可能性があると説明しました。

研究では、心臓の拍動による物理的な力ががん細胞を単純に押しつぶしているわけではないことも示されています。研究チームによると、この力はがん細胞の内部に伝わり、遺伝子の働き方を変えているとのこと。その中心的な役割を果たしていたのが、細胞の外側と核をつなぐLINC複合体という構造の一部で、細胞の外側から受けた物理的な刺激を核へ伝えるタンパク質であるNesprin-2です。
研究チームによると、心臓の中で起きる圧力や変形といった物理的な変化は、Nesprin-2を通じてがん細胞の核へ伝わります。すると、クロマチンの状態や、ヒストンに付く化学的な目印であるメチル基の付き方が変化します。こうした変化により、腫瘍細胞の増殖に関わる遺伝子が働きにくくなると研究チームは考えています。
実際に研究チームががん細胞の中でNesprin-2の働きを弱めたところ、がん細胞は通常通り拍動している心臓の中でも増えやすくなり、腫瘍を作ったとのこと。つまり、心臓の拍動による物理的な力は、Nesprin-2を通じてがん細胞の核へ伝わり、がん細胞を増えにくい状態にしている可能性があります。
研究チームは、こうした実験結果がヒトの心臓転移でも見られるのかを調べるため、ヒトの心臓転移サンプルも分析しました。同じ患者の体内にある「心臓に転移した病変」と「他の臓器にできた病変」を比べたところ、マウスなどの実験モデルで見られた変化と似たパターンが、ヒトのサンプルでも確認されたとのことです。
ただし、この研究は「心拍数を上げればがんを予防できる」と示したものではなく、すぐに新しい治療法として使える方法を示したものでもありません。ICGEBは「将来的には物理的な刺激を使ってがん細胞の増殖を抑える治療につながる可能性があるものの、実際の治療法として使えるかどうかはまだ分かっていない」と説明しています。
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