2025年5月、アメリカのドナルド・トランプ大統領が指示した国際刑事裁判所(ICC)への制裁に基づき、MicrosoftがICCのカリム・カーン主任検察官のメールアカウントを停止しました。こうした事態を受けて、EUの政府機関や企業がアメリカのテクノロジー企業から離れる動きが加速しているとのことです。
Trump’s sanctions on ICC prosecutor have halted tribunal’s work | AP News
https://apnews.com/article/icc-trump-sanctions-karim-khan-court-a4b4c02751ab84c09718b1b95cbd5db3
Europe’s Growing Fear: How Trump Might Use U.S. Tech Dominance Against It
https://www.nytimes.com/2025/06/20/technology/us-tech-europe-microsoft-trump-icc.html
Europeans seek ‘digital sovereignty’ as US tech firms embrace Trump | Reuters
https://www.reuters.com/business/media-telecom/europeans-seek-digital-sovereignty-us-tech-firms-embrace-trump-2025-06-21/
2024年11月、ICCはイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相とヨアヴ・ガラント前国防大臣、パレスチナのガザ地区を支配するイスラム原理主義組織・ハマスのアル・カッサム軍事旅団を率いる最高司令官・デイフの逮捕状を発行しました。ICCの逮捕状発行により、ネタニヤフ首相らは正式に戦争犯罪容疑者となっています。
国際刑事裁判所(ICC)が発行したイスラエルのネタニヤフ首相に対する逮捕状についてアメリカの政治家はどう反応したのか? – GIGAZINE
この決定に対し、ICC非加盟国であるアメリカの政治家からは非難の声が上がっていました。トランプ大統領は2025年2月、ICCの逮捕状発行はアメリカとその緊密な同盟国であるイスラエルを標的とした違法かつ根拠のない行為であり、断固として反対すると共にカーン主任検察官へ制裁を科すことを発表しました。
Imposing Sanctions on the International Criminal Court – The White House
https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/2025/02/imposing-sanctions-on-the-international-criminal-court/
そして5月には、カーン主任検察官のMicrosoftメールアカウントが停止され、スイスに拠点を置くProtonにメールアカウントを切り替えたことが報じられました。カーン主任検察官は母国イギリスの銀行口座まで凍結されているそうで、ICCに関連する裁判の証拠収集や証人捜しを担っているNGO職員も、トランプ政権による制裁を恐れてアメリカから資金を移動させているとのこと。
世界中の政府機関や企業にサービスを提供しているMicrosoftが、トランプ大統領の命令に従ってICCの職員に制裁を科したことは、欧州各国の政策立案者に大きな衝撃を与えました。ニューヨーク・タイムズは、「これは単なる1つのメールアカウントの問題をはるかに超える、重大な問題に対する警鐘となりました。トランプ政権がアメリカの技術的優位性を活用し、オランダのような同盟国を含む反対派を制裁する可能性への懸念が高まったのです」と指摘しています。
オランダ国防省の元サイバーセキュリティ責任者であり、記事作成時点では欧州議会議員を務めるバルト・グルーハイス氏は、「ICCはこのような事態が起こりうることを示しました。もはや単なる空想ではありません」とコメント。かつてはアメリカのハイテク企業を支持していたグルーハイス氏も考えを180度改めており、ヨーロッパ各国は主権を守るためにより多くの対策を講じなくてはならないと主張しています。
一方でMicrosoftは、カーン主任検察官のメールアカウント停止はICCと協議の上で行われたと説明しています。Microsoftのブラッド・スミス社長は、「ICCの問題はすでに燃えていた火に油を注ぎました」と述べ、一連の懸念はアメリカとヨーロッパ間の信頼関係が損なわれていることを示唆しているとの見解を示しました。
MicrosoftとICCの事例は、ヨーロッパ各国の政府や企業、そして国民がいかにアメリカのテクノロジー企業に依存しており、そこから抜け出すのが困難であるという懸念を引き起こしました。デンマークの元外交官であり、Microsoftで勤務していた経験もあるキャスパー・クリンゲ氏は、「アメリカの政権が特定の組織や国、あるいは個人を追及すれば、アメリカ企業は従わざるを得ないのではないかとの懸念があります」と述べています。
アメリカ企業はヨーロッパの顧客を安心させようと努めており、Microsoftのサティア・ナデラCEOも6月にオランダを訪問し、「地政学的に不安定な時代」における法的保護とデータセキュリティを含む欧州機関向けの解決策を発表しています。しかし、多くの政府機関や企業は代替案を模索しており、オランダはヨーロッパのプロバイダーと協力した解決策を探しているとのこと。オランダ内務省デジタル化担当大臣のエディー・ファン・マルム氏は、「デジタルの自立性と主権という課題は、中央政府の最大の関心事となっています」と声明で述べています。
また、デンマークではデジタル省がMicrosoft Officeの代替製品を試験的に導入しているほか、ドイツの一部の州でもMicrosoft製品の使用削減に向けた取り組みが進んでいます。欧州委員会は、アメリカ企業への依存度が低い新たなAIデータセンターやクラウドコンピューティングインフラストラクチャーの構築に向け、多額の投資を行う計画を発表しています。
この状況はヨーロッパのテクノロジー企業にとって、アメリカのライバル企業から顧客を奪うチャンスでもあります。デジタル市場調査会社・Similarwebのデータによると、ここ数カ月でヨーロッパを拠点とするメールやメッセージング、検索サービスへの関心が急増しているとのこと。
Protonのアンディー・イェンCEOは「(アメリカ企業に依存する)状況は持続可能ではありません。欧州各国の政府はより自立し、回復力があるようになることを求めています」とコメント。また、オランダのIntermax GroupやスイスのExoscaleといったクラウドサービスプロバイダーは、新規事業の急増を報告しています。IntermaxのCEOであるルード・バーウ氏は、「数年前までは誰もが、アメリカ企業は信頼できるパートナーだと言っていました。劇的な変化が起きたのです」と語りました。
一方で、すでにアメリカのテクノロジー企業は力を持ちすぎているため、根本から切り離すのは困難だとの見方もあります。アメリカのデジタル権利擁護団体である電子フロンティア財団のビル・バディントン氏は、プッシュ通知やウェブサイトを支えるコンテンツ配信ネットワークや、インターネットトラフィックのルーティングに至るまで、すべてがアメリカの企業やインフラストラクチャーに依存していると指摘しました。
デジタル権利活動家のロビン・バージョン氏はロイターに対し、「市場はあまりにも支配的になっています。規制も必要でしょう」とコメント。アメリカ企業のヨーロッパにおける優位性を崩すには、政府による規制も行うべきだと主張しました。
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