シャチは非常に賢い上にどう猛な「海の王者」とも呼ばれる頂点捕食者であり、数々の映画で恐れられているホホジロザメすらシャチの獲物となってしまいます。一見すると海には敵なしに思えるシャチですが、実はシャチでさえ鳴き声を聞いただけで逃げ出す動物が存在することがわかっています。
シャチは非常に高い知能とどう猛な性格を持っており、「白い死神」とも呼ばれるホホジロザメでさえ栄養豊富な肝臓を狙われ、獲物となっていることがわかっています。2019年の研究では、ホホジロザメはシャチに強い恐怖を抱いており、シャチが現れた海域からは姿を消すことが報告されています。
また、2020年代にはポルトガル・スペイン・フランスなどのヨーロッパ沿岸でシャチがボートやヨットを襲撃し、船を操作するラダーを破壊する事件が近年相次いで報告されています。
人間すら恐れないように思われるシャチですが、実は「ヒレナガゴンドウ(Globicephala melas)」というイルカの一種を避けているらしいということが、近年の研究によって明らかになっています。
以下がヒレナガゴンドウの写真です。大きさはメスの最大体長が6m、オスの最大体長が7.6m程度でありシャチよりは小さめ。非常に社会的な種であり、通常は20~150頭程度の群れを形成しているそうです。
一見するとシャチがヒレナガゴンドウを恐れる理由はないように思われますが、シャチがヒレナガゴンドウを避けている証拠が積み重なっています。2012年に海洋生物学者のシャーロット・キュレ氏らが発表した論文では、「野生のヒレナガゴンドウにシャチの鳴き声を聞かせると、ヒレナガゴンドウは鳴き声がした方に引き寄せられる」ということが報告されました。つまり、ヒレナガゴンドウはわざわざシャチがいる方に向かっていくということになります。
続いて2014年に発表された論文では、2004年以降に記録されたヒレナガゴンドウとシャチの遭遇事例すべてにおいて、シャチの方がその場から逃げ去ったことが報告されています。ヒレナガゴンドウがシャチの生息する海域に現れると、シャチはそこから姿を消すというわけです。
しかし、生態学的な観点から見た場合、シャチがヒレナガゴンドウを恐れる正当な理由は見当たらないとのこと。大西洋と地中海を結ぶジブラルタル海峡で行われた調査では、ヒレナガゴンドウとシャチは同じエサを巡って争うことも、一方がもう一方を捕食することもありませんでした。
以下の動画を見ると、ヒレナガゴンドウから逃げるシャチの様子を確認できます。
Pilot whales chasing the orcas in the Strait of Gibraltar by firmm – YouTube
アイスランド・スドゥルネス科学学習センターの海洋生物学者であるアンナ・セルブマン氏が率いる研究チームは2022年の研究で、アイスランド周辺の調査およびホエールウォッチングで収集されたデータを分析し、シャチとヒレナガゴンドウがどの海域にいつ出現したのかを調べました。すると、ヒレナガゴンドウは夏の間しか現れませんでしたが、シャチが気に入っている場所によく姿を現していました。
さらに、記録された24回の遭遇のうち68%では、シャチがヒレナガゴンドウの接近前にその場を離れていたことが判明。なお、シャチとヒレナガゴンドウが間近で出くわした28%の事例では、最高時速25kmという高速でヒレナガゴンドウがシャチを追跡したとのことです。
セルブマン氏らの研究チームは2026年の研究で、タグを付けたシャチにヒレナガゴンドウの鳴き声を聞かせて反応を観察しました。すると、ヒレナガゴンドウの鳴き声を聞いたシャチたちは群れの隊列を固め、自分たちの鳴き声を変化させ、鳴き声の方向に背を向け、速度を上げて泳ぎだしたと報告されています。つまり、ヒレナガゴンドウの鳴き声を聞いただけでシャチはその場から逃げ出したということになります。
研究チームは「これまでの研究で、ヒレナガゴンドウがシャチの鳴き声に引き寄せられることが実証されていました。今回の研究は、音響信号がこれらの種間相互作用を双方向に媒介できることをさらに実証しています」と述べました。

by Vsevolod
なお、依然としてヒレナガゴンドウがシャチを攻撃する理由や、シャチがヒレナガゴンドウを恐れる理由については不明です。これまでのところ、実際にヒレナガゴンドウがシャチに物理的攻撃を行ったという事例も報告されていません。
考えられる説としては、ヒレナガゴンドウは危険な捕食者であるシャチから逃げるのではなく、あえて集団で襲いかかることで追い払っているというものです。こうした行動は「mobbing」と呼ばれ、カラスなどの鳥類によく見られるとのこと。多くの捕食者にとって、立ち向かってくる集団を相手にするよりもその場から離れる方がコストが少ないため、たとえ自分の方が相手より強くても避けるようになるというわけです。
これはあくまでも仮説に過ぎず、資源を巡る競争や弱い個体の保護といった目的がある可能性もあります。その上で科学系メディアのScienceAlertは、「とはいえ、この話は私たち全員にとっての人生の教訓が隠されているかもしれません。もし自分が一番大きくて強い存在にはなれないとしても、『一番うっとうしい存在』になることで夢をかなえられるのかもしれないのです」と述べました。
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