生成AIは実際の写真と区別できないほどのクオリティで画像を生成可能であり、近年は「写真に写っているから現実だ」と判断することが難しくなりつつあります。イギリスのバース大学で戦略・組織学の准教授を務めるアキール・バルドゥワジ氏が、現実の写真とAI生成写真を区別するための法的枠組みや、普遍的な「AI透かし」の技術革新が必要だと主張しました。
第二次世界大戦まっただ中の1944年6月6日、連合国軍はナチス・ドイツ占領下のフランスに上陸するため、ノルマンディー上陸作戦を決行しました。当時撮影された写真は粗くぼやけていましたが、バルドゥワジ氏は「戦場を目にすることがない世界中の人々にとって、それらの写真は戦争における犠牲や勇気、そして集団的な目的意識を肌で感じさせる証拠であり、戦争そのものとなりました」と指摘しています。
by Robert F. Sargent, U.S. Coast Guard
他にも、六四天安門事件で戦車の前に立ち塞がった無名の反逆者、アメリカ同時多発テロ事件で世界貿易センタービルから落下する男性など、大きな出来事の際には象徴的な写真が撮影されてきました。これらは人々が物事を理解するのに役立っただけでなく、多くの場合は政治的意思を築くための「共通の視覚的基盤」を形作ったとバルドゥワジ氏は述べています。
しかし、生成AIの進歩によってリアルなだけでなく感情に訴えかけ、文脈的にも説得力のある画像を誰でも生成できるようになりました。従来の画像編集技術は高度な技術を要し、しっかり分析すればわかる明確な証拠が残ることもありましたが、今日の画像生成AIは迅速かつ安価に、大量のもっともらしいフェイク画像を生成することができます。
バルドゥワジ氏は、歴史的に写真は最も有用な証拠として扱われており、「百聞は一見にしかず」ということわざは実際に文字や音声よりも、写真や映像が物を言うことを示していたと指摘。ところが、AIが非常にリアルな写真をいくらでも捏造(ねつぞう)可能になったことで、「たとえ演出や編集が入っていたとしても、写真は現実と何らかの因果関係を持っている」という前提が崩れてしまったとのこと。
AIを使えば簡単に「敵による残虐行為」や「士気を高めるために仕組まれた勝利」などの写真を生成することが可能です。画像生成AIによるリスクは単なる想像の話ではなく、すでにAI生成写真はプロパガンダに利用され始めています。
実際にアメリカとイスラエルによるイランへの攻撃では、大量のフェイク画像や映像がネット上に出回っています。たとえば、アメリカ兵がイランの革命防衛隊に拘束されている様子を写した以下の画像は、すべてAIによって生成されたことがわかっています。他にも、イランのドローン攻撃で損傷したとされるアメリカのレーダーシステムの画像も広く出回りましたが、これもフェイクであることがわかりました。
また、過去には「ドナルド・トランプ氏が逮捕された」というフェイク画像が大量に生成されたこともありました。
画像生成AI「Midjourney V5」を利用して偽の「トランプ前大統領が逮捕された」画像を生成した人物が利用禁止処分を受ける – GIGAZINE

問題はAI生成のフェイク写真が出回ることだけではありません。たとえば英国動物虐待防止協会は2026年4月、一軒家に250頭ものプードルの雑種犬が飼育されているのを発見して衝撃的な写真を公開しましたが、これは事実だったにもかかわらずソーシャルメディアでは「AI生成のフェイクだ」という意見が多数みられたとのこと。
この事例は、AIで非常に高精度な写真が捏造できるようになったことで、本物の写真までAI生成だろうと思われて効力を失ってしまう可能性を示唆しています。悪意のある人物が本物の視覚的証拠をAIによる捏造だと指摘することでその証拠が退けられるようになってしまう現象は、「liar’s dividend(うそつきの分け前、うそつきの配当)」などと呼ばれます。
バルドゥワジ氏は、「民主主義社会は事実と経験に関する共通基盤の上に成り立っています。解釈をめぐる意見の相違は避けられないものであり、多くの場合健全なものですが、現実に何が起こったのかについては何らかの共通認識がなければなりません。写真はその共通認識を確立する上で、長らく重要な役割を果たしてきました。写真の信頼性が失われると、集団的な判断力も失われてしまいます」と警鐘を鳴らしました。

AI生成写真に関する問題を解決するためには、「AIによる画像生成時と配信時の両方において、AI生成画像であることを明確に示す情報開示」「AI生成画像が起源であることや、AIによって編集されたことを示すメタデータを画像に埋め込むこと」などを義務化することが必要だとバルドゥワジ氏は主張しています。
これらのシステムは標準化され、複数のプラットフォームで相互運用可能であり、改ざんに強いものである必要があります。これらの技術的措置を支える法的枠組みには、AI生成コンテンツの悪用に対して責任を負わせることや、プラットフォームが情報を保存・伝達することの義務化などが含まれる可能性があります。同様に重要な存在として、これらの情報を解釈して一般市民に伝えるジャーナリスト・裁判所・市民社会団体などが挙げられます。
バルドゥワジ氏は、「もはや素朴な視覚的信頼の時代は終わりました。しかし、目標は過去の時代に戻ることではなく、デジタル操作の現実にも耐えうる新たな信頼の仕組みを構築することです」「写真が共通理解の基盤となる力を維持することは、単なる技術的な課題ではありません。これは民主主義にとって不可欠な責務なのです」と述べました。
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