2025年4月中旬、南米・チリのパチョン山に建設されているNSFヴェラ・C・ルービン天文台(ルービン天文台)で、初めての試験観測(ファーストライト)が行われました。このルービン天文台は、天文学に革命を起こすことが期待されている画期的な天文台とのことで、一体何がすごいのかを科学誌のScienceが解説しています。
This giant, all-seeing telescope is set to revolutionize astronomy | Science | AAAS
https://www.science.org/content/article/giant-all-seeing-telescope-set-revolutionize-astronomy
パチョン山の標高2650m地点に建造されたルービン天文台は、アメリカ国立科学財団やアメリカエネルギー省、民間の寄付者などによる資金提供を受け、総額8億ドル(約1160億円)を費やして建造されました。ルービン天文台は口径8.4mという巨大な可視光線望遠鏡を持っており、1回の撮影で満月45個分に相当する領域を撮影することができます。
各撮影地点ごとに、重さ3トンで車ほどの大きさのカメラが-100℃に冷却された189個の光センサーアレイで視界を記録し、3200MP(メガピクセル)という超鮮明な画像を撮影することが可能。各画像は30秒の露出時間で撮影することができ、望遠鏡は滑らかに回転してわずか5秒未満で別の視野に移動するとのこと。Scienceは、「この巨大な望遠鏡はスピードを重視して作られているのが一目瞭然です」「ノートPCのボタンを押すとそびえ立つ望遠鏡が動き出し、すぐに薄い油膜の上で楽々と回転し始めました。望遠鏡のサイクロプスのような目が上下に傾き、ドームが回転するたびにモーターが静かなうなりを上げます」と説明しています。
ルービン天文台はその広視野と高速移動により、わずか3晩でチリから見える全天のパッチワーク画像を構築することができます。この全天撮影を何度も繰り返し、新しい画像を以前の画像と比較することにより、さらなる観測を必要とする天体を検出することが可能です。撮影された画像はアメリカ・カリフォルニア州にあるSLAC国立加速器研究所の画像処理センターに送信され、撮影から1分以内に画像1枚あたり最大1万個のアラートを発するとのこと。SLAC国立加速器研究所は、1晩で最大1000枚の画像を処理することができるそうです。
SLAC国立加速器研究所のアラートは天体の正体を特定することはなく、代わりに天文学コミュニティが開発したソフトウェアがアラートの分析を引き継ぎます。「alert brokers(アラートブローカー)」というこのソフトウェアが、データに基づいてアラートの分類を行い、緊急の追加観測が必要な天体を特定して、場合によっては世界中のロボット望遠鏡に追加観測リクエストを自動送信する仕組みです。
ルービン天文台は毎晩20TB(テラバイト)もの画像データを生成しており、観測開始から1年後にはルービン天文台が蓄積したデータ量が、これまでに生成されたすべての光学天文学データを上回ると予想されています。ルービン天文台の本格的な観測は2025年中に開始される予定で、5月の時点では職員らが毎晩の撮影に必要な手順を練習したり、カメラなどの微調整を行ったりしていたとのこと。
カリフォルニア大学デービス校の天文学者で、ルービン天文台の主任科学者であるトニー・タイソン氏は、ルービン天文台の構想を25年以上前に思いついたと語ります。当時、ベル研究所で光学的に観測できない暗黒物質(ダークマター)について研究していたタイソン氏は、ダークマターの重力が遠方の銀河を撮影した画像に及ぼすゆがみを基に、ダークマターの分布をマッピングしたいと考えていました。
「弱い重力レンズ効果」と呼ばれるこの手法を実現するためには、遠方の銀河を観測できるほど高感度なカメラが必要です。そこでタイソン氏らの研究チームは、当時としては驚異的な400万画素(4MP)のチップを開発し、チリのセロ・トロロ汎米天文台にあるビクター・M・ブランコ4m望遠鏡に設置しました。
ある晩、ビクター・M・ブランコ4m望遠鏡のコントロールルームにいたタイソン氏は、ダークマターの探索には広範囲の光を一度に捉える広視野望遠鏡を使う方が効率的だと気付きました。タイソン氏は、世界最大級の望遠鏡に使われる「鏡」を製造してきたアリゾナ大学の天体物理学者ロジャー・エンジェル氏とチームを組み、8.4mの主反射鏡と2枚の集光鏡を使う方法を考案しました。
2001年には「ダークマター望遠鏡」と名付けた計画が承認され、建設が進んだ2021年には、2016年に亡くなった天文学者ヴェラ・ルービンにちなんで「NSFヴェラ・C・ルービン天文台」と改称されました。ルービンは銀河の回転速度を観測することで、銀河には天体の総質量を上回るダークマターが存在することを示した人物です。
ルービン天文台の構造を図示するとこんな感じ。緑の部分は稼働するマウント部となっており、油膜の上に浮かんでいる状態です。
真ん中にある主鏡は8.4mほどで、110億年前の銀河を観測することができます。
リング状の主鏡を、異なる形状の第2、第3の鏡を囲む仕組みとなっています。この独特な3枚の鏡を用いる光学システムにより、視野全体にわたってゆがみのない画像を撮影できるとのこと。
8.4mの主鏡がどのようにコーティングされたのかは、以下のYouTube動画を見るとよくわかります。
Coating of Rubin’s 8.4-meter Primary/tertiary Mirror Timelapse (English) – YouTube

中央に見えるのが、主鏡の素材であるガラスです。
まずはガラスを洗浄して乾かし、ホコリなどを取り除いてからコーティング用のチャンバーに運び込まれます。
チャンバーは閉じられ、中の空気を抜いて真空状態にされます。
まずは反射面をガラスに密着させるためのニッケルクロム鋼の層が作られます。
続いて反射面である銀のコーティング。
3つ目の層は再び接着用のニッケルクロム鋼。
最後に窒化ケイ素の保護層が作られます。
4.5時間にも及ぶコーティングプロセスの末、巨大な主鏡が完成しました。
近くで見るとこんな感じ。
ルービン天文台では以下のような天文学的成果が期待されています。
◆ダークエネルギーの探査
プロジェクトの開始当時はダークマターの観測が主眼に置かれていましたが、その後は宇宙全体に浸透しているとされるダークエネルギーに焦点が移っています。ダークエネルギーもダークマターと同様に弱い重力レンズ効果で推測可能であり、これには膨大な数の銀河を観測しなくてはなりません。2013年~2019年にかけてビクター・M・ブランコ4m望遠鏡で実施された探査では数十万個の銀河が観測されましたが、ルービン天文台では200億個もの銀河を観測する予定だとのこと。
◆銀河の形成と進化に関する研究の進展
ルービン天文台は膨大な数の銀河を観測することができ、その中にはこれまで観測できなかったような暗く、遠方にある銀河も含まれます。遠方にある小さな銀河が合体し、成長していく様子を観測することで、銀河の形成過程に関する理解が深まることが期待されています。
◆超新星の発見やキロノヴァの観測
ルービン天文台は近距離のものから遠距離のものまで、あらゆる銀河において毎晩数千個の超新星を検出すると期待されています。また、中性子星同士や中性子星とブラックホールといった高密度の天体同士が融合して発生するキロノヴァというまれな現象も、ルービン天文台によって観測できる可能性があるとのことです。
◆新たな太陽系天体の発見
クイーンズ大学ベルファストの惑星科学者であるメグ・シュワンブ氏らは、ルービン天文台が小惑星帯の天体を370万個、海王星の外側にある天体を3万2000個、地球近傍小惑星を9万個発見すると予測しています。また、太陽系外縁にあるとされるプラネット・ナインという仮説上の大型天体も、ルービン天文台が発見できるのではと期待されています。
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