スピアー氏は、「誰もが目に届かない笑顔を見たことがあるでしょう。ぎこちない家族写真からわざとらしい職場のあいさつまで、私たちの脳は意識的にその理由に気付くよりずっと前から、何かがおかしいと察知してしまうのです」と述べ、人は感覚的に偽の笑顔を見抜く能力を持っていると指摘しています。
本物の笑顔を作る上で重要な2つ目の筋肉群は、目の周りに位置している眼輪筋です。眼輪筋は目の周りの筋肉を引き締め、笑った時にできる目尻のしわや、温かみや喜びを連想させる目元の細まりを生み出しています。
一方、偽の笑顔の多くは口の周りの筋肉だけで作られており、眼輪筋がうまく使われにくいとのこと。その結果、目は大きく見開かれたまま、あるいは変化しないなままであり、感情がない機械的な笑顔に見えてしまうとスピアー氏は説明しています。

本物の笑顔も偽の笑顔も、第VII脳神経(顔面神経)と呼ばれる脳神経の指令を受けて作られますが、神経学的には違いがあります。本物の笑顔は感情の中核である大脳辺縁系、特に感情の顕在化を処理する扁桃体によって生成されます。
一方で、偽の笑顔はより意識的な皮質制御下にある運動皮質で生成されることが多いとのこと。この違いにより、感情に突き動かされて浮かぶ本物の笑顔は、より不随意なものになるそうです。
スピアー氏は、感情を心の底から感じていない限り、眼輪筋を説得力のある形で収縮させるのは難しいと指摘。そのため、プロの俳優も説得力のある笑顔を浮かべるため、過去の楽しかった記憶を思い出したり、役の感情を追体験するメソッド演技法を用いたりするというわけです。

人間は本物の笑顔と偽の笑顔を見分ける能力に優れており、2007年の研究では生後10カ月の乳児でさえ本物の笑顔と偽の笑顔を見分けられるという結果が示されました。スピアー氏は、笑顔を真偽を見抜く能力は相手の信頼性を評価し、本物の仲間を見分けるのに役立ってきたと考えています。
現代社会では、政治家・カスタマーサービス担当者・著名人などは複雑な対人関係の期待に応えるため、社交的な笑顔を頻繁に利用しています。しかし、必ずしも偽の笑顔が悪いというわけではなく、これにはぎこちないやり取りを円滑にしたり、礼儀正しさを表したり、対立を抑えたり、経緯を示したりするといった効果もあります。
一方、社会や職業上の期待に応えるために表情をコントロールする感情労働は、精神的な負担が大きいことも指摘されています。感情労働者やサービスの一環として感情を用いる労働者を対象にした研究では、心からの感情を伴わない笑顔を浮かべることがストレスの増加・燃え尽き症候群・心血管系の負担につながることが示唆されています。

近年はさまざまなチャットボットやバーチャルアシスタントが、人間の表情を模倣するようにプログラムされた合成の表情を持っています。しかし、目の周りの微細な筋肉の収縮がなければ笑顔は不自然なものに見えてしまうとのこと。
スピアー氏は、「次に誰かの表情を読み解こうとする時には、口元だけを見てはいけません。目を見てください。眼輪筋はめったにうそをつきません」とアドバイスしました。