カニバリズムは野蛮で不道徳的な行為だと考えられがちですが、世界中のさまざまな文化でカニバリズムは行われていました。一部の文化には敵対する部族の肉を食べる風習があったほか、葬送儀礼の一環としてカニバリズムを行う文化もあり、中世ヨーロッパでは薬のひとつとしてカニバリズムが行われていました。また、遭難や飢饉(ききん)などの危機的状況に陥った際、栄養を摂取する最終手段として亡くなった人の肉を食べるケースも確認されています。
研究チームはまず、カニバリズムのメリットとリスクを定量化しました。科学的にみれば、人間の肉は特別栄養的に優れているというわけではありませんが、少なくともその他の動物肉と似たようなカロリーや栄養素は含んでいます。そのため、場合によっては人肉が命をつなぐ食糧になるケースもあります。
しかし、研究チームによるとカニバリズムが現実的なメリットをもたらす状況は非常に限られているとのこと。それは、「他の食糧が不足している時」「対象がすでに死亡しており、狩りにエネルギーを費やす必要がない時」「肉を調理して安全を確保できる時」「対象が人肉食をした経験がない時」です。そうでない場合はカニバリズムをすることにメリットはなく、むしろ大きなリスクになり得ます。
研究チームが指摘するカニバリズム最大の問題は、「カニバリズムを通じた病原体の感染」です。自然界における病原体は特定の宿主に特化しているため、人間が他の動物を食べてもほとんどの病気は感染しません。しかし、人間が同じ人間を食べる場合、食べられる人間に感染している病原体はすでに人間の体に適応しており、肉を食べた人間にも感染する可能性が高いとのこと。
最大の危険はカニバリズムが連鎖的に行われる場合、つまり「すでにカニバリズムをした経験がある人間の肉を、別の人間が食べる」というケースです。これにより、カニバリズムを習慣的に行う文化では深刻な病気が流行しやすく、滅びる危険性も高まるというわけです。
以下の図は、食人を繰り返すほど病原体の保有率が高まることを表したもの。研究チームの数学的モデルでは、極度の飢餓状態における一度きりのカニバリズムは命を救う可能性がある一方、定期的にカニバリズムが繰り返されると致命的な病気が急速に蔓(まん)延することが示されています。

論文の共著者で、カレル大学の理論生物学者であるペトル・トゥレチェク氏は、「私たちのモデルは定期的なカニバリズムが長期的に見て、人類にとって持続不可能であることを明確に示しています。不治の病の蔓延による疫学的コストは、カロリー摂取による利益をすぐに上回り、確実にコミュニティの崩壊につながります。したがって文化的なタブーは、私たちの祖先をこの進化上のわなから守る効果的な盾として機能したのです」と述べました。
なお、研究チームは今回検討したメリットやリスクだけでなく、その他の要因もカニバリズムに影響を与えている可能性があると認めています。たとえばある文化圏では、対立するコミュニティに恐怖を与えたり自らの威信を誇示したりする目的で、あえて敵対する人々の肉を食べることにした可能性があります。こうした社会的利益を検討するには異なるモデリングの枠組みが必要であり、それは今後の研究にとって有望な方向性になるとのことです。