EUが児童性的虐待コンテンツの対策に施行を目論む「チャットコントロール」を再び断念 – GIGAZINE


メモ


露骨に性的な未成年者の写真や動画などの映像描写を児童性的虐待コンテンツ(CSAM)と呼びます。このCSAMに対抗すべく、EUではCSAMを検出・報告するためのフレームワークとしてChat Control(チャットコントロール法、チャット規制法)が議論されているのですが、この提案が再び撤回されました。

Chat control proposal fails again after massive public opposition | Andrea Fortuna
https://andreafortuna.org/2025/11/01/chat-control-proposal-fails-again-after-massive-public-opposition/

Denmark reportedly withdraws Chat Control proposal following controversy | The Record from Recorded Future News
https://therecord.media/demark-reportedly-withdraws-chat-control-proposal

2025年10月30日(木)、欧州連合理事会がチャットコントロールの提案を再び撤回したことが明らかになりました。EU理事会の議長国であるデンマークのペーター・フンメルガード法務大臣は、チャットコントロールの推進を取り止めると発表しています。なお、ドイツ政府は2025年10月8日にチャットコントロールを支持しないと表明したばかりでした。

サイバーセキュリティの専門家であるアンドレア・フォルトゥナ氏は、「チャットコントロールの撤回はデジタル権利の勝利ではあるものの、戦いはまだ終わっておらず、暗号化技術に対する根本的な誤解は依然として欧州全域の政策議論を悩ませています」と語っています。

2022年に提案されて以来、チャットコントロールは専門家や一般市民から継続的に反対されてきました。それにもかかわらず、チャットコントロールは何度も復活を遂げており、そのため「ゾンビ提案」と呼ばれることもあるそうです。電子フロンティア財団と80以上の市民社会団体は、CSAM対策を装って暗号化された通信のクライアント側スキャンを義務付けるチャットコントロールに強く反対しています。

実際、チャットコントロールはCSAM対策を隠れみのにメッセージアプリだけでなく幅広いデジタルサービスの暗号化を無効化してしまう危険な法案であるという指摘があります。

EUの「チャット規制法」は児童性的虐待コンテンツ対策を隠れみのにメッセージアプリだけでなく幅広いデジタルサービスの暗号化を無効にする危険な法案であるという指摘 – GIGAZINE


こういった声に対して、チャットコントロールを提案するEUの議員は「プライバシー保護策が含まれているため暗号化が崩壊する危険性はない」と主張しています。しかし、技術専門家は議員が主張する保護策は幻想にすぎないことを技術的に繰り返し説明してきました。これに対し、チャットコントロールに対してわずかな修正を加えて再び新しい法案を提案するサイクルが、繰り返し行われているとフォルトゥナ氏は説明しています。なお、フォルトゥナ氏は「今回のEU理事会の議長国であるデンマークによる法案の撤回も同じ筋書きをたどっており、根本的な問題は未解決のままです」とも指摘しました。

チャットコントロール支持派の主張する「プライバシー保護策」は、エンドツーエンド暗号化を施しながら、バックドアを設置することです。これにより暗号化を維持したまま、特定のメッセージだけを復号できるようになると支持派は主張しているわけです。しかし、これは暗号化メカニズムに対する危険な誤解をはらんでいるとフォルトゥナ氏は指摘。「暗号化されたコンテンツにアクセスするためのメカニズムを作成することは、システム全体を本質的に弱体化させ、承認されたアクセスだけでなく悪意のある行為者に対しても脆弱(ぜいじゃく)にするものだ」と言及しています。

チャットコントロールを含む類似法案の根本的な問題は、上記のような暗号化技術に対する根本的な誤解にあるとフォルトゥナ氏は指摘。「エンドツーエンド暗号化は、送信者と受信者だけがメッセージを復号するための鍵を持っているため機能するものです。政府機関であろうとテクノロジー企業であろうと、いかなる第三者も内容を読むことはできません。これは設計上の選択ではなく、毎日数十億もの通信のセキュリティを保証する数学的な確実性です」と言及しました。

この他、チャットコントロール支持派はプライバシー保護策のひとつとしてクライアントサイドスキャンを挙げます。これは暗号化前または復号後にユーザーのデバイス上のメッセージをスキャンすることで、暗号化テクノロジーを害することなくCSAMの検出を行おうというものです。これは巧妙な回避策のように聞こえるかもしれませんが、暗号化のセキュリティモデルを根本的に破壊してしまうものであるとフォルトゥナ氏は指摘。デバイスがメッセージの内容をスキャンして報告できるのであれば、マルウェアやハッカーなどがこのセキュリティホールを悪用する危険性があり、そうなれば誰もがより大きなリスクを背負うことになると指摘されています。

なお、AppleもチャットコントロールのようなCSAM検出システムを一度提案していますが、最終的に計画を断念しています。

Appleが児童ポルノ検出ツールの開発を諦めた理由とは? – GIGAZINE


また、監視技術に内在するスコープ・クリープは、既に十分に裏付けられています。当初、違法コンテンツの検出を目的として設計されたシステムでも、政府が問題視するその他のコミュニケーションの監視へと容易に拡張される可能性があると指摘されています。

そんなチャットコントロールが成立せずに済んでいる理由は、電子フロンティア財団やプライバシー擁護団体が、チャットコントロールのリスクについて度々国民に啓もうしてきたおかげです。こうした世論の高まりにより、少なくとも現状では議員がチャットコントロールを支持することは政治的に困難になっているとフォルトゥナ氏は指摘しています。

また、フォルトゥナ氏は今回のチャットコントロールに対する非営利組織による反抗の有効性は、将来の政策論争においてとても重要な教訓になるとも主張しました。フォルトゥナ氏は「第一に、技術的な専門知識が重要です。セキュリティ研究者が安全なバックドアの不可能性について一致団結して発言すれば、政治家が懸念を大げさなものとして片付けることは難しくなるということです。第二に、異なるセクター間の連携構築は反対勢力を強めてしまいます。市民団体、テクノロジー企業、そして個人ユーザーが全て政策に反対する場合、それは問題が現実のものであり、広範囲に及んでいることを示唆するわけです。第三に、継続的な圧力が不可欠です。なぜなら、チャットコントロールが示すように、不適切な提案が最初の試みで却下されることは滅多にないからです」と言及しています。

さらに、チャットコントロールを推進する勢力は諦めておらず、この提案を生み出した根底にある政治的力学は依然として変わらないとフォルトゥナ氏は主張。政治家は特に子どもの安全に関して、オンライン上の危害に対して「何か行動を起こしている」と見られなければならないという、真剣なプレッシャーに直面しています。そのため、「暗号化を損なわない代替アプローチが政治的に支持されるまで、チャットコントロールのような提案は今後も繰り返し浮上し続けるでしょう」とフォルトゥナ氏は記しました。


なお、フォルトゥナ氏はオンラインセキュリティへのアプローチを根本的に転換する必要があると主張しており、「政策立案者はトレードオフなしでセキュリティを約束する技術的な魔法の弾丸を求めるのではなく、実際に効果のある解決策に投資する必要があります」と言及。具体的には、法執行機関の訓練や暗号解読を必要としないツールへの資金提供の強化、犯罪捜査における国際協力の強化、そして社会プログラムや教育を通じたオンライン搾取の根本原因への対処を挙げました。

ソーシャル掲示板のHacker News上では、「EUの政治家だけが『職業上の守秘義務』の規定により、チャットコントロールのスキャンを免除される可能性」や「本当の疑問は、次にいつどのような形でチャットコントロールが再提案されるかです」などと指摘されています。

なお、チャットコントロールはCSAMの拡散を防止するための法案ですが、検閲対象が児童ポルノだけでなく薬物使用や政府への抗議活動、政治批判などにも拡大することが懸念されています。また、児童ポルノのやり取りの少なくない割合が10代の恋人同士で同意の上で行われていることや、児童ポルノの多くがオフラインで子どもと接触できる身近な大人によって作られていることから、チャットコントロールの導入には意味がないとの指摘もあります。

あらゆるプライベートなチャットやファイルを政府の指示で検閲する「チャットコントロール法」が危険で無意味な理由とは? – GIGAZINE

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