世界の決済処理市場は、VisaとMastercardという2つの巨大企業によって支配されています。この2社は中国を除く世界の決済処理市場の90%を占めており、2社の独占する市場の価値は約8500億ドル(約128兆円)にもおよぶそうです。これだけ巨大な市場をたった2社で独占支配する現状について、ファイナンシャルアドバイザーのピーター・ウェストバーグ氏が考察しています。
Visa and Mastercard: The Global Payment Duopoly
https://quartr.com/insights/edge/visa-and-mastercard-the-global-payment-duopoly

クレジットカード業界の起源は、1950年にまでさかのぼります。現代のクレジットカードの原型となる最初のものを発行したのは、ダイナースクラブでした。ダイナースクラブの成功を受け、アメリカの大手金融機関は独自のクレジットカードを発行し始めます。
1958年にはアメリカン・エキスプレスが独自のチャージカードを発行した最初の大手企業となります。当時の年会費は6ドル(現代のレートで64ドル:約9600円)と高額であったにもかかわらず、一般ユーザーからの関心は非常に高く、アメリカン・エキスプレスは25万枚のカードを発行することになったそうです。
その後、同じく1958年にバンク・オブ・アメリカもクレジットカード事業に参入。1966年にはバンク・オブ・アメリカのクレジットカード事業提供エリアが拡大し、事業名がVisaに変更されます。そして、1976年にVisaはバンク・オブ・アメリカから分社化され、独立した企業となりました。
バンク・オブ・アメリカがVisaを立ち上げたのと同じ1966年、競合企業のコンソーシアムがインターバンクカード協会(ICA)を設立。ICAはその後、「Master Charge」に社名を変更。そして1979年に「Mastercard」に社名を変更します。
これ以降、VisaとMastercardは中国を除く世界のクレジットカード市場の90%を支配しており、両社はS&P 500に該当する企業の中で最も高い営業利益率を誇ります。なお、2023年時点でのVisaとMastercardの営業利益率は、それぞれ67%と57%です。
デビットカードとクレジットカードはどちらもアメリカ発祥で、VisaとMastercardはどちらも1966年に設立されています。つまり、両者の競合となる企業はアメリカ国内にしか存在しませんでした。
1850年に運輸・外貨両替企業として創業したアメリカン・エキスプレスは、戦後のアメリカの変化するニーズに対応すべく、1958年にクレジットカード事業をスタート。この時代、消費主義が台頭し、可処分所得が増加した中流階級が拡大していたため、年会費のかかるアメリカン・エキスプレスのクレジットカード利用者は、カードを使った買い物の支払いを毎月末に済ませることができるようになりました。
アメリカン・エキスプレスのクレジットカードは決済環境に革命をもたらし、現金や小切手から電子決済への移行を促進することとなります。そのため、アメリカン・エキスプレスはクレジットカードおよび決済処理分野における真のパイオニアであり、先駆者と言えるとウェストバーグ氏は指摘。しかしその後、VisaとMastercardがほぼ市場全体を支配するようになります。
アメリカン・エキスプレスの成功を受け、大手銀行からVisaとMastercardが誕生しました。VisaとMastercardは競合他社の進出を阻止するため、ベースとなった銀行の影響力を使い、アメリカン・エキスプレスなどの他ネットワークによるクレジットカード発行および加盟店による他社製カードの受け入れを拒否してきました。これにより、クレジットカード加盟店はVisaとMastercardのいずれかと契約せざるを得ない状況に陥ったそうです。
こうした不公正な商慣行に対して、アメリカン・エキスプレスはVisaとMastercardを独占禁止法違反で訴訟し、勝訴しました。その結果、両社は前述のような制限的な行為を禁じられることとなりますが、この時点で既に市場の相当な規模を支配していた両社は、ネットワーク優位性およびフライホイール効果を駆使して独占状態を強化していったそうです。
連邦準備制度理事会(FRB)によると、2021年時点でのアメリカでのデビットカードの決済件数は1000億件を超えており、これはクレジットカードでの決済件数(510億件)の約2倍です。取引額で見ると、デビットカードは4兆6000億ドル(約693兆円)であるのに対して、クレジットカードは4兆9000億ドル(約738兆円)となっています。つまり、クレジットカードの取引額はデビットカードの約2倍です。
アメリカではVisaとMastercardがデビットカード市場を独占しており、それぞれデビットカードでの取引の60%と25%を占めています。手数料体系は複雑で、地域、PINの使用状況、カードの有無、加盟店数、取引量によって異なりますが、VisaとMastercardは取引が自社のネットワークを通過するたびに手数料を徴収するそうです。
VisaとMastercardのビジネスモデルの真価を理解するには、収益源と決済処理におけるバリューチェーンの仕組みを理解することが重要です。VisaとMastercardはカードを発行したり金利を設定したりするのではなく、加盟店・銀行・消費者が関わる電子決済ネットワークを提供しており、売上は取引処理手数料と金融機関へのサービス提供から生じます。
決済処理を最も適切に説明するなら、鉄道のデジタル版のようなものであるとウェストバーグ氏は指摘。鉄道がなければ貨物を列車で輸送できないため、鉄道所有者は輸送に大きな影響力を持つのと同様に、決済処理業者もデジタル取引をコントロールしています。仮に新しい事業体が鉄道建設に着手した場合、そのコストは法外なものとなるにもかかわらず、初期投資はほとんど回収できません。例えばテキサス州の鉄道が、全米規模のより広範な鉄道網に接続されていなければ、その価値は限定的なものに過ぎません。これは決済処理においても同様です。
VisaとMastercardが決済ネットワークに新たな銀行を追加すると、加盟店にとっての価値は高まります。この好循環により、VisaとMastercardが事業を拡大するにつれ、競争はますます困難になっていくわけです。VisaとMastercardが膨大なユーザーと加盟店基盤を有し、確固たる地位を築いています。その結果、VisaとMastercardの最大のライバルであるアメリカン・エキスプレスは、代替的な手段で決済ネットワークを拡大せざるを得なくなりました。
また、競争の観点から見ると決済処理の力は流通によって大きく強化されます。規模と先行者利益に頼るだけでなく、VisaとMastercardは大手銀行をカードの流通業者とすることで莫大な利益を得ており、この関係は現在まで続いています。
1970年代から1980年代にかけての決済処理の黎明期から、さまざまな企業が規制当局に対してVisaとMastercardの独占を打ち破るよう説得を試みてきましたが、2024年時点でもこの問題は解決していません。
例えば、AmazonはイギリスにおけるVisaの取り扱いを停止すると発表しました。これは取引手数料の引き下げを交渉するための試みとみられています。小売業者の間でこのような不満が生じることは珍しいことではありません。ウォルマートやコストコといった大手小売業者も長年にわたって条件改善を訴えており、これらの交渉は一部功を奏しています。
Amazonの時価総額は1兆6000億ドル(約240兆円)で、アメリカにおけるeコマース売上の40%を占めているそうです。これだけ大きな売上を占めているなら、決済ネットワークに対して大きな影響力を持つはずです。しかし、Amazonを満足させるためにVisaやMastercardが手数料を引き下げれば、JPモルガン・チェースやバンク・オブ・アメリカといった銀行系の顧客を怒らせてしまうリスクが生じます。そのため、VisaやMastercardにとって、Amazonのような大手企業は厄介な顧客にもなっている模様。
一方、フィンテック企業が従来の決済ネットワークを完全に迂回する方法を提供しているという脅威もあります。PayPalやBlock(旧Square)などのデジタルウォレットサービスは、消費者が銀行振込を通じて加盟店に直接支払いを行うことを可能にするためです。Worldpayの報告によると、Apple Payを含むこの種のデジタルウォレットは、北米および欧州のeコマース取引の約3分の1を占めている模様。
他にも、KlarnaやAffirmのような「後払いサービス」の急成長により、消費者は購入金額を月々の分割払いで支払うことが可能となっています。こういったサービスもクレジットカードにとっての大きな脅威となりつつあるそうです。
VisaとMastercardによる市場の独占は決済のデジタル化において重要な役割を担ってきました。規制当局の監視が強化されるにつれ、両社は事業慣行の変化やより競争の激しい市場環境への対応に直面する可能性があります
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