気候変動に関する議論では、猛暑が熱中症や心血管系疾患のリスクを上げるという健康被害について焦点が当たることがありますが、猛暑がメンタルヘルスや認知機能に及ぼす影響は見過ごされがちです。そこで、ニューヨーク・プレスビタリアン・ブルックリン・メソジスト病院の臨床心理士であるジョセフ・タリエルツォ氏はさまざまな研究を統合し、猛暑とメンタルヘルスや認知機能との関連性をまとめました。
タリエルツォ氏は、「私は以前から、身体的健康と精神的健康を結びつける統合医療に興味を持っていました。災害のような気候変動がより顕著になるにつれ、環境が私たちの健康にどのような影響を与えるのかという疑問が自然と湧いてきたのです」と述べています。
過去の研究成果を総合的に評価した今回のレビュー論文では、極端な暑さにさらされると人間の気分や感情の安定性が著しく低下することが示されました。たとえ精神疾患の診断を受けていない人でも、気温がセ氏20℃を超えることはポジティブな感情の減少や疲労感の増加と関連しているとのこと。また、暑い気候に長時間さらされることは、一般人口におけるうつ病や不安症の発症率の上昇と関連していました。
タリエルツォ氏は、こうした広範囲にわたる影響は予想外だったと指摘。「極度の暑さが精神面に及ぼす影響の大きさに驚きました。持病のない人でも影響を受ける可能性があるとは思いもよりませんでした」と語っています。
ソーシャルメディアの活動には、こうした感情面の混乱が反映される場合があります。猛暑の日にはSNSへの投稿における憂うつな表現が著しく増加するそうで、こうしたネガティブな投稿がインターネットを通じて拡散され、間接的に屋内の涼しい場所にいる人のメンタルヘルスにも悪影響を及ぼす可能性もあるとのこと。極端な気温がネット上のヘイトスピーチを増加させるとの研究結果も報告されています。
暑すぎたり寒すぎたりすると「ネット上のヘイトスピーチ」が増加する – GIGAZINE

既存の精神疾患を抱えている人にとっては猛暑のリスクはより深刻であり、気温と湿度の上昇は双極性障害患者の入院増加と密接に関連していることが確認されました。極端な暑さと強い日差しは規則的な睡眠サイクルを乱し、双極性障害患者に躁(そう)状態を引き起こす傾向があるそうです。
また、統合失調症などの疾患を持つ人々の猛暑による早期死亡リスクは、重篤な身体疾患を持つ人よりも高いとタリエルツォ氏は報告しています。重度の精神疾患患者はホームレス状態になっていたり、エアコンを使えない環境にいたりする場合があり、こうした社会的要因が死亡リスクをさらに押し上げる可能性があります。
暑さは攻撃的な行動や暴力行為とも関連しており、気温上昇は犯罪率・家庭内暴力・銃撃事件を増加させるとの研究結果が報告されています。タリエルツォ氏は、長期間にわたり暑さにさらされると精神的なリソースが減り、攻撃的な衝動を抑えることが難しくなるのではないかと考えています。
地球温暖化によって交通事故や暴力事件による死亡者数が増加する可能性がある – GIGAZINE

猛暑に伴って増加する問題行動は外的なものだけでなく、自傷行為や自殺も増加する可能性があるとのこと。自殺率や自傷行為による救急外来受診件数は、気温の高い時期に著しく増加すると報告されています。
夏の気温上昇が若者の自殺率上昇と関連しているという研究結果 – GIGAZINE

暑さは基本的な認知機能にも悪影響を及ぼすことがわかっており、高温環境に置かれた人は反応速度の低下や衝動性の増加、ワーキングメモリの悪化といった問題を示します。
極端な暑さが認知機能を低下させるという研究結果、特に貧困層や黒人の間で顕著に – GIGAZINE
これらの問題を引き起こす生物学的メカニズムとしては、「猛暑によって体温調節に必要なエネルギーが激増し、すでに精神疾患を抱えている人の心身が過負荷状態になる」「熱にさらされると脳内の神経伝達物質の生成が乱れ、気分やストレスの調節に悪影響が出る」「細胞の熱ストレスを緩和する熱ショックタンパク質が正常に機能しなくなり、主要なホルモン系が乱される」といったものが提唱されています。
猛暑に伴う脱水状態や睡眠不足といった要素も大きな役割を果たします。脱水状態になると血流が遅くなり、脳内酵素の働きが阻害されるため、混乱や疲労感が引き起こされます。また、暑い夜の睡眠不足は脳の炎症を悪化させ、感情面や精神面の防御機能をさらに低下させるとのこと。
他にもタリエルツォ氏は、コンクリートやアスファルトが熱を吸収してヒートアイランド現象が生じる都市部や、街中の樹木や緑地が少ない歴史的に阻害されてきた地域では特に猛暑のリスクが高いと指摘。加えて、不安やうつ病などの治療に使われる向精神薬には、発汗や血流調節といった身体機能を阻害する作用があるため、これらの薬を服用する精神疾患患者は熱中症で入院する可能性が高いと警告しています。
タリエルツォ氏は、「私は引き続き生態心理学に興味を持っており、汚染の影響や緑地の役割など、気候変動のさまざまな側面に関する知見を深めようと積極的に取り組んでいます。気候変動は健康危機であり、私たち誰もがその影響から免れることはできません」と述べました。