映画化を見据えて小説を評価する世にも珍しい職業「プロの読書家」の仕事と苦労とは? – GIGAZINE


創作


読書好きの人の多くは、「どうにかして本を読むだけで暮らしていけないだろうか」と考えたことがあるはず。ニューヨークのライターであるジュリアン・レヴィ氏が、世にも珍しい職業「プロの読書家」であるクラーク・シュパイヒャー氏の仕事と苦労について記しています。

Literary Hub » The Man Who Reads Books For a Living (One Every Two Days)
https://lithub.com/the-man-who-reads-books-for-a-living-one-every-two-days/

記事作成時点で40代半ばだというシュパイヒャー氏の仕事は、映画化を念頭に置いて送られてくる小説を読み、「この作品のどこが良かったか」「この作品を映画化して成功するかどうか」といった評価をレポートにまとめることです。

シュパイヒャー氏に原稿を送ってくるのは小説のエージェントや映画会社の重役、プロデューサーといった人々であり、時には出版前の誤字脱字だらけの初稿が送られてくる場合もあるとのこと。シュパイヒャー氏は、「おそらく私は著名な新刊を最初に読む人の1人でしょう。それが刺激的なんです」と語っています。

送られてきた小説を読んだシュパイヒャー氏は、主要なシーン・設定・葛藤・登場人物といった要素や詳細なあらすじを書き出し、重要なセリフや際立った文章などもレポートに加えます。その後シュパイヒャー氏は一歩視点を引いて、「この作品が映画化された時にどのようなものになるか」を評価するそうです。

小説の映画化について考える際は、「どの要素が本質的に映画的なのか」「何が視覚化できるか」「どこが映画やドラマの素材になるか」といった点を評価します。それだけでなく想定される予算やターゲット層、起用される可能性があるスター俳優、類似した映画化プロジェクトの過去の実績、基本的な実現可能性といった要素も評価項目に入ってくるとのこと。

シュパイヒャー氏が重視しているのは、「本の基本的なアイデアを1文で表せるかどうか」であり、この点をクリアできないと映画としてうまく脚色するのは難しいといいます。また、必ずしも原作を忠実に映画化することがいいとは言えず、時には作品の魅力的な要素を引き立たせるために原作の細部を切り捨て、映画向けに脚色することが成功を左右するとシュパイヒャー氏は主張しています。

そしてシュパイヒャー氏は「企画を見送るべき」あるいは「このまま検討を進めるべき」といった判断を下し、まとめたレポートを依頼者に送付するというわけです。シュパイヒャー氏のレポートは、映画のプロデューサーや制作陣といった人々の参考資料となり、これを元に映画化について話し合われます。シュパイヒャー氏は「すべての幹部がすべての本を読めるわけではありません。皆忙しくて、すべてを読む時間はないのです」と語りました。


アメリカのデラウェア州で生まれ育ったシュパイヒャー氏は、もともとはエンタメ系のジャーナリストや映画評論家になりたかったとのこと。「本を読んでそれを映画にすることが仕事になるなんて想像もしていませんでした。そういう仕事が存在すること自体、それまでまったく知らなかったんです」と語っています。

シュパイヒャー氏は英文学専攻の学生だった2000年に大学新聞の取材で地元の映画祭を訪れ、映画会社の重役と知り合ってインターンシップのオファーを受けました。この話に飛びついたシュパイヒャー氏は2002年にニューヨークへ移り、大手インディーズスタジオの制作アシスタントとして、山積みになっている脚本を読んで整理する仕事を始めました。

ところが、シュパイヒャー氏は本を読むスピードが非常に速かったため、やがて脚本ではなく映画化できる可能性を秘めた本を読むことが仕事になったとのこと。当時シュパイヒャー氏が読まされた本には「ひどいホラー小説」が多かったそうですが、読書のスピードや映画によく通じていること、怠惰を許さない神経質な性格などが向いていたのか、やがて大物プロデューサーの「主任読書係」を務めるまでになりました。

ある社交の場に出席した際、シュパイヒャー氏はこの大物プロデューサーの企画開発部門に所属する人物から、「あなたは実はハリウッドで最も力のある人物の1人です。なぜなら、このプロデューサーの意見が最も重要視され、あなたは彼に意見を述べる人物の1人ですから」と伝えられたとのこと。

実際、制作パートナーが熱心に大物プロデューサーに原作となりうる本のアピールをしていると、プロデューサーは「クラークはどう思っていた?」と尋ねてきたとのこと。シュパイヒャー氏が気に入らない本は大抵プロデューサーも気に入らず、そのまま企画が頓挫してしまうこともあったそうです。シュパイヒャー氏は、「私はクレジットカードの支払いに苦労するような人間だったにもかかわらず、密かに大きな力を持っており、しかもそれに気付いていなかったのです」と語っています。

なお、記事作成時点ではこの大物プロデューサーは失脚しており、シュパイヒャー氏はフリーランスとして働いています。シュパイヒャー氏によると、多くの制作会社や映画スタジオは似たような仕事をする「プロの読書家」を雇っているそうですが、プロの読書家同士が互いに顔を合わせたり交流したりすることはないそうです。


「読んだ本のレポートが映画化の参考資料になる」と聞くと、シュパイヒャー氏も華々しい世界にいるかのように思われるかもしれません。しかし、実際のところシュパイヒャー氏は大量の仕事を請け負って生計を立てるギグワーカーであり、ニューヨーク州ブルックリンの工業地帯にある狭いアパートに住んでいます。

レヴィ氏がシュパイヒャー氏と知り合ったのは、レヴィ氏がバーテンダーとして働いていた頃で、シュパイヒャー氏はそのバーの客として来店して仲良くなったとのこと。シュパイヒャー氏の仕事を知ったレヴィ氏は当初、「1日中本を読んだり本について書いたりできるなんてうらやましい」と感じたそうですが、仕事の実情を知るにつれてその気持ちは変化しました。

レヴィ氏と出会った頃のシュパイヒャー氏は前述の大物プロデューサーの下で働いており、毎晩のように8時から23時まで、時には深夜1時まで働いている時もあったそうです。ある時は20時に1000ページを超える本が送られてきて、翌朝の始業時間までに読み終えなくてはいけないこともありました。

さすがにこのような仕事を振ってきたのは大物プロデューサーだけだったそうで、記事作成時点のシュパイヒャー氏はかなり余裕を持って仕事ができており、1冊の本を読むのに2日かけることもあります。それでも生計を立てるためには週6冊、年間にして300冊ほどの本を読まないといけないそうで、フリーランスのため福利厚生も雇用の安定性もありません。自身の名前が映画のクレジットに載ることもありませんが、自分が映画化に賛成した小説が映画化されると、やはり誇りを感じるとのこと。

レヴィ氏は、近年のシュパイヒャー氏は恵まれたパートナーと健全な関係を築いており、これまでに見てきた中で最も幸せそうだと記しています。ある日、パートナーから2025年公開の映画『ワン・バトル・アフター・アナザー』のチケットをプレゼントされたシュパイヒャー氏は、仕事を休んで2人で映画を見に行ったそうです。

実はシュパイヒャー氏は、『ワン・バトル・アフター・アナザー』の原案であるトマス・ピンチョンの小説『ヴァインランド』を仕事で読み、「これを映画化してもうまくいくとは思えない」と判断していました。それでもシュパイヒャー氏は『ワン・バトル・アフター・アナザー』を2025年のお気に入り映画に挙げており、ソーシャルメディアには映画館のロビーでパートナーと並んで座っている写真を投稿したとのことです。

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