
クラウドサインで CRE(Customer Reliability Engineer)をしている菅井俊介です。
今回は、CRE チーム内で実施している「超ゆる AI 活用勉強会」について紹介します。
この取り組みは、チーム内での AI 活用の標準化を目的として始めたもので、そのための最大の課題である「参加障壁の高さ」を解決するアプローチを採用しています。まず、この勉強会を始めた背景について簡単にお伝えします。
AI活用標準化の重要性
近年、ChatGPT をはじめとする生成 AI ツールが急速に普及し、開発現場でも積極的に活用されるようになってきました。
クラウドサインの CRE チームにおいても、すでにヘルプデスクの回答レビューを AI でチェックできるようにするなど、業務に組み込まれているものも存在します。
AI 活用の標準化は、CRE チームにとって重要な課題です。CRE の業務は、カスタマーサクセスと技術的な信頼性向上の両面を担うため、効率的で一貫性のある AI 活用が求められます。
しかし、チームとして一定レベルの AI 活用を標準化していくためには、以下のようないくつかの課題が存在していました。
1. メンバー間での AI 活用レベルの格差
- チーム内には、すでに AI ツールを日常的に活用しているメンバーがいる一方で、まだ全く活用できていないメンバーもいる
- この格差があると、例えばプロジェクトルールをチームで整備しても、それを使わず従来のやり方でコーディングするようなチーム全体の効率向上につなげられない状態となる
2. 効果的な活用方法の属人化
- 各メンバーが個別に AI ツールを試行錯誤している状況では、効果的な活用方法やベストプラクティスがチーム内で共有されず、属人化してしまう
3. 失敗事例の共有不足
- 失敗事例や課題が個人に留まり、チーム全体の学習に活かされていない
- 実際には、失敗事例こそが標準化に向けた重要な知見となるにも関わらず、共有される機会が不足していた
また CRE チームのレトロスペクティブ(定期的な振り返り会)において、以下のような声が上がっていました。
- 「他のメンバーも AI を使っているが、具体的にどのような活用をしているのか知りたい」
- 「会社からアカウントは発行されているが、まだ業務での効果的な活用には至っていない」
- 「チームで生成 AI の活用事例やアウトプットを共有するための場があると良い」
このような課題を解決し、チーム全体での AI 活用の標準化を目指すため、情報共有と学習の場として「超ゆる AI 勉強会」を企画することにしました。
「超ゆる」というアプローチを選択した理由
AI 活用の標準化を実現するためには、全メンバーが参加しやすい環境を作ることが不可欠でした。そこで、従来の勉強会で見られる参加障壁を徹底的に排除する「超ゆる」アプローチを採用しました。
従来の技術勉強会では、以下のような要素が参加の障壁となることが多く見られます。
- 事前の資料準備が必要
- 一定時間の発表が必要
- 質疑応答への対応が必要
- 技術的な理解度が問われる
これらの要素は、特に AI ツールに馴染みのないメンバーにとって心理的な負担となり、結果として標準化にもっとも必要な「初心者層」の参加率低下を招く可能性があります。
チーム全体での AI 活用標準化を実現するためには継続的な情報共有と学習が必要です。そのため、本取り組みでは継続性を最重要視し、参加者・運営者双方の負担を最小限に抑えることを優先しました。
具体的な「超ゆる」の定義
CRE チームにおける「超ゆる」の具体的な定義は以下のとおりです。
- 資料準備は任意:口頭での発表も歓迎
- 無理のない開催頻度:週に 1 回 30 分
- 発表時間は短時間:5〜10 分程度のライトニングトーク形式
- 失敗談を積極的に歓迎:むしろ失敗事例の学習効果が高い
- 参加は完全任意:業務の状況に応じて柔軟な参加が可能
勉強会の運営フォーマット
本勉強会は、参加者の負担を最小限に抑えつつ、効果的な情報共有を実現するため、以下のような全体 30 分の構成で運営しています。
- オープニング(5 分)
- 開催の背景と目的の再確認
- 参加ルールの説明:「準備不要、失敗談歓迎、気軽な発表を推奨」
- ライトニングトークセッション(15 分)
- 5〜10 分程度の短時間発表
- 事前資料作成は任意(口頭発表、社内 Wiki 概要のみでも可)
- 失敗事例や課題に関する発表を積極的に歓迎
- 質疑応答・ディスカッション・次回予告(10 分)
- 発表内容に関する質疑応答
- 参加者間での自由な情報交換
- 次回のテーマ案募集(「試してみたいが不安」な内容の相談も含む)
実施テーマ事例
第1回勉強会
- 「Dify を活用したセキュリティチェックシート自動分解システムの構築」
- 内容:複雑なセキュリティ要件を含む質問を、AI を用いて複数の単純な質問に自動分解するシステムの開発事例
- 技術要素:Dify(ローコード AI 開発プラットフォーム)と Google Apps Script の連携
- 効果:ナレッジベースの自動更新機能により、情報管理の効率化を実現
- 「フロントエンドコードベース調査における AI 活用」
- 内容:既存のフロントエンドコードベースの理解を深めるための AI 活用手法
- 効果:大規模なコードベースの調査時間を大幅に短縮
- 「バックヤード権限機能実装での AI 活用事例」
- 内容:新機能開発における具体的な AI 活用方法と注意点
- 学び:実装時の工夫点と課題の共有
第2回勉強会
- 「Dify システムの運用改善事例」
- 内容:第 1 回で紹介したシステムの継続的な改善取り組み
- 効果:実運用での課題発見と解決プロセスの共有
- 「MCP(Model Context Protocol)サーバーの構築と活用」
- 内容:MCP サーバーの設定方法と Claude 4 Sonnet での実践的な活用事例
- 技術的知見:モデル選択に関するガイドラインの策定と共有
第3回勉強会
- 「MCP サーバーによる JIRA 検索機能のトラブルシュート」
- 内容:JIRA 検索ツールのセットアップ過程で発生した課題解決
- 解決プロセス:参加者全員でのリアルタイム問題解決
- 「インシデント再発防止のためのクエリ自動生成」
- 内容:データベーステーブル構造と運用課題を学習させた AI によるチェッククエリの自動生成
- アプローチ:エンジニアが直接コードを書かずに AI を活用した開発手法の実践
取り組みの成果
- チーム共通の AI 活用パターンの確立
- 「準備不要」「失敗談歓迎」を明確にルール化したことで、参加者が日常的な AI 活用の試行錯誤を率直に共有できるようになり、チーム内で共通して使える知見が徐々に蓄積されている
- 標準的なトラブルシューティング知識の共有
- 成功事例のみならず、失敗事例や課題に関する発表が多く行われることで、チーム共通の「よくある課題と解決方法」が蓄積されるようになり、個人が同様の課題に直面した際の解決時間が大幅に短縮されている
- AI 活用レベルの底上げ
- 他のメンバーの「試験的な取り組み」を知ることで「日々の業務の中で自分も試してみよう」という変化が起きました
- 標準化のための継続的な学習サイクルの確立
- 週に 1 回 30 分という短時間設定により、発表者・参加者双方の負担が軽減され、継続的な開催が実現できている
- 参加できないメンバーへの情報共有体制の構築
- 標準化が目的であることから、不参加のメンバーでも受動的に情報を取得できるよう、発表の概要と録画のリンクをチームの定例で共有している
まとめ
CRE チームにおける「超ゆる AI 勉強会」の取り組みは、AI 活用の標準化という目標に対して、参加障壁の最小化というアプローチにより、継続的な学習と知識共有の場を構築することに成功しました。
中でも大きな成果は、チーム全体で使える AI 活用のパターンやトラブルシューティングの知識が蓄積されたことです。
また、「ハードルを下げる」ことで、従来の技術勉強会では共有されにくい「日常的な試行錯誤」や「小さな失敗」が積極的に共有されるようになり、これらが標準化に向けた貴重な知見として蓄積されています。
この結果、個人レベルでの AI 活用からチームレベルでの標準化された AI 活用への転換が進んでおり、全体的な生産性向上に寄与しています。
同様に AI 活用の標準化を目指す他のチームにおいても、以下の原則を適用することで、類似の効果が期待できると考えられます。
- 参加障壁の徹底的な排除:事前準備の任意化、短時間実施
- 失敗事例の積極的な価値付け:標準化に必要な「つまずきポイント」の共有促進
- 継続性の最優先:標準化は長期的な取り組みであることを前提とした運営
本取り組みは現在も継続中であり、AI 活用標準化の更なる進展や新たな知見についても、機会があれば続報として共有させていただく予定です。