■35歳 健康診断オールAだったけど脳硬塞で障害が残ったよ
これを書くのは、
同世代の30代くらいの人に脳硬塞を自分事としてとらえて備えてほしいと思ったから。私で例では、医者によると原因不明とのことで、予防の観点では確かなことは言えないけど。
あとは星野源のエッセイ(蘇る変態)でくも膜下出血の体験を読んで勇気づけられたから。(怖かったけど)
伝えたいことは
・下記症状出たら脳硬塞を疑って救急車か、#7119救急車の相談に電話しよう。すぐ。
・突然片足に力が入らなくて立っていられなくなった
・片手に力が入らない
・突然ろれつが回らない
・視野が欠けた
・持病無し、血圧・コレステロール・心臓に問題なくても脳硬塞にはなるよ
・私の場合、左側の感覚と知能(認知機能)、重めの頻尿といった障害が残ったよ。私は軽いほうで、立って歩けない、手足動かない、喋れないなどの重篤な障害が残った人も病院で見かけた。ましな方の私でも仕事の能力は落ちて、手が動かしづらいのでゲームがヘッタクソになった。1人用ができるかどうかという感じで、対戦はできないな。FPSや格闘ゲームはもうできるレベルにならないと思う。あと音楽全般が全然味気なくなった。
・予防の観点で言えることは、寝る前には水分をとろうねってことくらい。
・質問があったら答えるよ。
ある平日
出勤前にシャワーを浴びようとして、立っていられなくなった。頭を浴室の壁にぶつけながら、転んだ。
浴槽の中で折りたたまれたような姿勢になって、そこから起き上がれなくなり、「出られなかったら孤独死だな 」とこのあたり思い始めた。浴槽にお湯をためて、浮力で体を浴槽から出して這い出た。
その時点では、脳硬塞とはわかっていなくて、頭をぶつけた脳震盪かなにかで立てなくなった思っていた。そこで休んだらよくなるかもと考えて30分くらい寝てしまった。ここが後悔ポイントで、脳硬塞は発症から治療開始の時間が早ければ後遺症などが軽くなる可能性が高いそうだ。
起きたあとも立ち上がれなくて、chatGPTに相談したら、今すぐ救急車を呼んだほうがという。そこで救急車呼ぶかの相談窓口を教えてもらって電話したら、いますぐ救急車をよびますという。実際には口にも麻痺がでていて流暢には喋れなかった。
急性期の病院
救急のが来て担架で運ばれて、比較的自宅から近い総合病院に運ばれた(めちゃくちゃ運がよかった)。そこでCTやMRIをとって、入院して点滴や飲み薬で治療が始まった。
最初は左足に力が入らず、トイレに行くにも車椅子で運んでもらった。情けないという気持ちと、トイレのために人を呼ばないといけないというの嫌だった。入院翌日からリハビリが始まって、3日目くらいで歩行器を使って歩いた。歩けるんだーという感動があった。
別の病室から「おーーい!! 」声で看護師を呼ぶ老人の声が聞こえてくる。ナースコールがわからないらしい。そういう様子のおかしい人を病院内で見たとき、あの人も脳硬塞なんですよーとなどと聞かされ、自分がああなっていたかもしれないとぞっとした。損傷した脳の部位によっては、全身に麻痺が出るとか、認知機能に重い障害が出ることもあるという。こわい。
自分の場合は普通に会話をすることはできて(口の麻痺で滑舌がわるくなったが)、そして簡単な検査で認知機能にはそこまで問題なさそうという話だった、この病院では。
MRIで取った写真で、脳細胞が死んでるところが白くなってて、そこは新たに脳細胞が回復することはないと知って、それがショックだった。脳には可塑性があるみたいなことを聞いた事があったから、少し脳が回復することもるのかな、とか当初は楽観的に考えていた。回復力があるのは今回自分が損傷した部分でなく、海馬とかだった。絶望的な気持ちになり、自分は障がい者にあたるのかな、とか思ったりした。
入院した病院は急性期だけ2周間入院できるところだった。そのあとはリハビリ病院というところへの転院を勧められた。その病院のサイトを見たら患者の平均年齢は86歳だという。老人ホームじゃん、、と不安になった。転院の申し込みには家族の面会が必要で、遠方の母に来てもらった。申し訳ない。そのときの説明で全ての持ち物に名前を書いてもらうといわれたらしい。持ち物が自分のわからない人、人のものを取ってしまい人が居るのではと不安になった。これは実情をしらないから生じた杞憂だった。人のものを取っていけるような足腰が自由な人はほとんどいなかった。
そこで正確な知能テストを受けて、簡単にわかりそうな問題が解けなくて驚いた。チャーリーゴードンじゃんと思いながら、不甲斐なさ、すごい絶望感だった。もちろん天才だったことは無い。寝て起きたら知能が下がってるなんて、チャーリーより急激だ。さすがに受け入れるのには時間が要る。アルジャーノンは主人公じゃないみたいな話題でXが盛り上がってるとき、この人たちはチャーリーゴードンと自分を重ねたことが本当にないんだな、と思った。
叫ぶ老人などがいて睡眠が浅くなるのと、自由が制限された環境で老人と同じ扱いを受けてたら老け込んでしまう思って、予定より早く1か月くらいで退院した。
退院後
退院してみると健常者として扱われるのが恐ろしかった。それを望んでいたのに。はたから見たら脳が2割死んでるように見えないし、誰も何も配慮してくれないんだ、病院と違って、とそこで気づいた。
退院1か月後ぐらいに、頻尿の症状が出始めた。尿が出きらない、出してもまだあるような気がして、漏れそうな気がするなどの症状がある。
神経因性膀胱というらしい。いつになったら治るといった目安がなく、一生付き合っていくのかもしれない病気らしい。
電車は途中下車することはままあり、外出に慎重になった。あと人との食事に行きにくいなったのがきついな。