今昔 空から GeoGuessr – estie inside blog

こんにちは。データマネジメント部の Lin です。

GeoGuessr というゲームをご存知でしょうか?世界のどこかに Google StreetView で飛ばされるのでそこがどこなのかを当てるゲームなのですが、estie では不動産を扱っていることもあり社内に何人もプレイヤーがいます。データマネジメント部の懇親会でもよくプレイするのですが、普通の GeoGuessr では飽き足りず「今昔 空から GeoGuessr」を開催したところ好評でしたので、皆さんにも遊んでいただけるよう公開します!

ルールは簡単で、過去の航空写真からそこがどこなのかを当てるだけです。東京 23 区から 6 問出題しますので Guess してみてください!

航空写真の出典:国土地理院撮影の空中写真(一部文字を入れて加工)
地図の出典:地理院地図(電子国土Web)

第 1 問(1975 年)

たくさんの線路とたくさんの道路が見えます。今では線路のほとんどはなくなってしまいました。

解答・解説

正解:汐留・新橋

中央に見える線路が集まった部分は国鉄汐留駅で、貨物駅として営業していました。元々は日本で初めて鉄道が開業したときのターミナルである新橋駅でしたが、旅客線の東京駅延伸で貨物駅化、貨物ターミナルの移転にともない1986年に廃止されました。しばらくのち再開発が行われ、現在は汐留シオサイトとして数多くの高層ビルが立ち並んでいます。

街頭インタビューなどでもおなじみの新橋駅SL広場は1972年に、現在はレトロ建築の筆頭のニュー新橋ビルは1971年に竣工したばかりでした。

汐留の航空写真
新橋周辺の地図

第 2 問(1975 年)

大通りは今と変わりませんが、この範囲にある大きな建物はいずれも再開発されてしまいました。

解答・解説

正解:六本木・乃木坂

中央の大きな建物が立ち並んでいる部分は陸上自衛隊の駐屯地で、当時は防衛庁本庁も入っていました。本庁の市ヶ谷移転にともない土地は民間に払い下げられ、三井不動産が東京ミッドタウンとして開発しました。現在 estie 本社も東京ミッドタウンに入居しています。

左端にある大きな建物は元は旧陸軍の兵舎でしたが、当時は東京大学の生産技術研究所が入っていました。その後同地には国立新美術館が建てられましたが、元の建物の一部が国立新美術館別館として残されています。


第 3 問(1949 年)

特徴的な形の運河が見えます。今でも地図上に同じ形を見ることができます。

解答・解説

正解:日本橋

川の形が現在の首都高と一致しています。これは首都高を建設する際に用地取得をなるべく避けるた結果でした。もともと運河として建設された楓川は干拓され、高速道路という新しい物流を担うこととなりました。現在首都高一部区間の地下化が進んでおり、日本橋には再び日が当たることになります。

右下にある円形の建物は東京証券ビル本館で、当時は一時的に GHQ の海軍司令部となっていました。1984 年に現在の東京証券取引所ビルに建て替えられましたが、接収されていた期間を除くと今も昔も同じ地に東京証券取引所が存在しています。


第 4 問(1948 年)

北からの鉄道のターミナル駅のように見えます。広大な土地は再開発されたことでしょう。

解答・解説

正解:押上・東京スカイツリー

鉄道の貨物駅と運河が見えます。現とうきょうスカイツリー駅・旧業平橋・浅草駅は東武鉄道のターミナルで、北関東からの貨物を船に載せ替えるためのドックが整備されていました。モータリゼーションの進行にともない鉄道貨物・水運の需要は小さくなり貨物扱いが廃止されたほか、2003 年の東武鉄道と地下鉄半蔵門線との直通運転開始で地上ホームも縮小されました。貨物駅やドックの広大な跡地には東京スカイツリーを中心とした商業施設が開発され、東京の新しい名所となりました。


第 5 問(1947 年)

巨大な施設が見えますが、今では全く別の施設に変わってしまいました。右端には大きな駅が見えます。

解答・解説

正解:新宿

左半分を占める巨大な施設は淀橋浄水場で、土地を捻出するために機能移転・1965 年に廃止されました。その後は新宿副都心として開発され、現在では都庁を始め多くの高層ビルが立ち並んでいます。街区の傾きと浄水場の傾きが一致しているほか、貯水池だった部分は標高が低いために二層構造の地盤になるなど名残が見て取れます。

淀橋の名は新宿西口で創業した家電量販店で有名です。

中央の大きな建物は工学院大学新宿校舎で、鉄筋コンクリート造のため空襲を受けても焼失しませんでした。新校舎に建て替えられたあとも同じ場所に工学院大学新宿キャンパスが残っています。


第 6 問(1949 年)

たくさんの運河と池が見えます。池が何に活用されているかが大きなヒントです。

解答・解説

正解:木場

たくさんの運河と池が見て取れますが、池に浮かんでいるのは材木で、それぞれの池が貯木場として利用されています。貯木場が多数あることから木場という地名がつけられました。もともとは江戸時代に建造された木場ですが、1969 年に埋め立てが進んだ沖合に新たな貯木場である新木場が建造されたため貯木場としては使われなくなりました。貯木場は埋め立てられ公園などの公共施設になりましたが、今でも残る多数の運河が物流施設としての歴史を物語っています。


最後に

いかがでしたでしょうか。問題を振り返ってみると、東京の商業施設の開発や物流の移り変わりが感じられたのではないでしょうか。

このような歴史が estie での仕事に直結しているわけではありませんが、土地をはじめとした不動産を時代に合わせてうまく活用していくことが都市の価値を高めていくことは感じられたかと思います。estie はデータをはじめとしたサービス群で不動産の活用を促進することで、我々のパーパス「産業の真価を、さらに拓く。」を実現していきます。

estie のパーパスいいなと思われた方は、ぜひカジュアル面談からでもお申し込みいただければと思います。

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